スナック PATORA(パトラ)
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第1話(出会い)
池袋西口、ロマンス通りの喧騒を抜けた雑居ビルの3階にある「スナック 琥珀」。
この店で12年、看板として店を支えてきた愛(40歳)には、5年越しの秘密の恋人がいる。
建設会社で働く健一(48歳)。客とホステスという一線を越えた二人の関係は、深い夜の中で静かに、しかし確実に育まれてきた。
愛にとって彼は、夜の世界しか知らない人生に現れた、唯一の安らぎだったのだが……。
カラン、と力なく氷が音を立てた。
愛は、氷がすべて溶けて層が分かれてしまったアイスコーヒーのグラスを眺めながら、彼が来るのを待っていた。開店前の「スナック 琥珀」は、まだ夜の熱気を孕む前の、妙に冷めた空気が漂っている。
愛はこの店の重鎮だ。あかねママに憧れ、がむしゃらに夜の世界を泳ぎ続けて今年で12年目になる。池袋西口、東京芸術劇場の裏手にあるこの店は、彼女にとっての「城」であり、人生そのものだった。
「……遅いな、健さん」
時計の針は19時を回ろうとしていた。彼――健一(48歳)は、池袋東口に本社を置く中堅建設会社のプロジェクトマネージャーだ。現場仕事もこなすため、日焼けした肌と、ネクタイを緩めたときに見える鎖骨が、40歳になった愛の心をいつもわずかにざわつかせる。
二人の出会いは5年前。池袋特有の、バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨の夜だった。
ずぶ濡れで店に飛び込んできた健一は、カウンターの隅で「なんでもいいから、温かいものを」と呟いた。当時、離婚したばかりで家庭も仕事もボロボロだったという彼は、愛が差し出した乾いたタオルと、何気ない「お疲れ様」の一言に、子供のように肩を震わせたのだ。
それから5年。最初は単なる「お気に入りの客」だった。しかし、店が終わった後の深夜の『タカセ』の裏通りや、南池袋公園のベンチ。二人で過ごす時間が増えるにつれ、言葉にしなくても互いの体温を求めるようになった。いつしか週末は愛のマンションで過ごすのが当たり前になり、二人は「大人の関係」へと深く沈んでいった。
「今のままでも、十分幸せだよな、愛」
結婚の話をはぐらかす彼のその言葉を、愛は「自分を気遣ってくれているのだ」と信じて疑わなかった。
*
「愛さん、また健一さんのこと考えてるでしょ。幸せオーラが漏れすぎてて、見てるこっちが不安になりますよ」
背後から、少し鼻にかかった若い声がした。半年前に入った新人の紗耶香(24歳)だ。キャバクラ時代に「指名が取れすぎて疲れた」とうそぶいてこの店に流れてきた彼女は、24歳とは思えないほど、人の心の隙間に土足で踏み込んでくる。
「……別に、そんなんじゃないわよ。開店準備、進んでるの?」
「進んでますよー。でも愛さんって本当に一途ですよね。健一さんみたいな、普通なら『上がり』が見えてる男性を5年も信じ続けられるなんて、私には絶対無理です」
紗耶香はグラスを磨きながら、悪びれもせずに続けた。その目は笑っているようで、どこか焦点が合っていない。相手を褒めているのか、馬鹿にしているのか判別できないのが、彼女の不気味なところだ。
「幸せの絶頂にいる時って、自分が何を持っていないかに気づかないものじゃないですか。愛さんを見ていると、なんだか壊れそうなガラス細工を眺めてるみたいで、ハラハラしちゃうんです」
「……ハラハラって、何によ」
愛の問いかけに、紗耶香は答えず、鏡に向かってリップを塗り直した。その口角が、ほんの少しだけ吊り上がったのを愛は見逃さなかった。
*
扉のベルが鳴り、あかねママが入ってきた。池袋の夜を30年生き抜いた風格が、店内の空気を一気に引き締める。
「あら愛、まだそんな水っぽいコーヒー飲んでんの? さっさと片付けて、夜の顔になりなさい。今日は健一さんが来る日だったわね」
「……はい、ママ」
愛は急いでグラスを下げた。胸の奥で、小さな違和感が芽を出そうとしていた。5年という月日は、信頼を築くには十分すぎる時間だが、同時に相手を「知っているつもり」にさせてしまう魔の時間でもある。
化粧を直しに席を立つ愛の背中に、紗耶香が追い打ちをかけるように、独り言のように呟いた。
「愛さんのその『安心しきった顔』、大好きですよ。……なんだか、これから何が起きても、全部笑って許してくれそうな気がして」
愛の足が、ピタリと止まる。
振り返ると、紗耶香は「あ、掃除してきまーす!」と無邪気にスキップするように裏へ消えていった。扉を開けた最初の客に向かって、最高に可愛い営業スマイルを作る彼女の背中を見ながら、愛は拭いきれない不穏な空気を感じていた。
第2話、親友・葵の視点で語られる「渇いた潤い」へ続く。
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池袋スナック Bar JUNに是非お越しください♪
店内はカウンターのお席のみで8~9席程、カラオケも無く落ち着いた雰囲気でお酒やお料理、ママやお客...
パブスナック夢に是非お越しください♪